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「ザ・キャピトルホテル東急」とは?
2010年10月22日に開業した「ザ・キャピトルホテル 東急」。
1963年に「東京ヒルトンホテル」として開業し、それを受け継いだ「キャピトル東急ホテル」。
2006年に営業終了するまでの43年間、世界中のお客様に愛されてきました。
その伝統を受け継ぎながら、2010年に新たな感性で生まれ変わったのが、「ザ・キャピトルホテル 東急」です。
建築家・隈研吾氏のデザインによる和の本質を追求した高層複合ビルは、洗練された和モダンに包まれ上質な空間。
「フォーブス・トラベルガイド」では、2020年から連続で最高評価の5つ星を獲得しています。
そんな「ザ・キャピトルホテル東急」の歴史や哲学を詳しくご紹介していきます!
「ザ・キャピトルホテル東急」の歴史
「ザ・キャピトルホテル東急」の始まりは、名門料亭「星岡茶寮」跡地から。
「ザ・キャピトルホテル 東急」のルーツは、北大路魯山人氏が主宰した明治時代の会員制名門料亭「星岡茶寮」にあります。
北大路魯山人氏は、書・篆刻・絵画・陶芸・漆芸・料理など、多岐にわたる分野で活躍した20世紀を代表する芸術家。
江戸城の鎮守・日枝神社に隣接する永田町「星ヶ丘」は、古くから星の眺めがきれいな景勝地として愛されてきました。
大正の終わりから昭和のはじめには、多くの政界人、財界人の交歓の場として栄えていました。
世界からの「賓」が訪れる場所柄を舞台に、「ザ・キャピタルホテル東急」の歴史が始まったのです。
「星岡茶寮」から「東京ヒルトンホテル」時代の20年
ホテルとしての歩みが始まったのは1958年12月のこと。
東急グループと米国ヒルトン・インターナショナル社による協力体制のもと、ホテル経営を行う20年間の経営契約が結ばれました。
そして1963年6月20日、国際社会へ向けた日本の新たな顔として、この「星岡」の地に日本初の外資系ホテルが誕生。
それが、東急グループが所有・運営し、ヒルトンのノウハウを取り入れた「東京ヒルトンホテル」です。
翌年の1964年東京オリンピック開催を控え、国際的な宿泊施設の拡充するなか、日本の観光産業の近代化を象徴する存在となりました。
「東京ヒルトンホテル」から「キャピトル東急ホテル」へ
大晦日から新年に繰り広げられた歴史的なテイクオーバー(引き継ぎ)
20年後の満了時には、そのまま東急グループによって運営されることになります。
このテイクオーバー(引き継ぎ)において、何より特筆すべきは「営業を1日たりとも休まなかった」ということです。
1983年の大晦日まで「東京ヒルトンホテル」として営業し、1984年の元旦からは「キャピトル東急ホテル」としてお客様を迎える。
その裏側では、両代表による「ホテルキーの受け渡し」が行われ、運営のバトンが渡されました。
クライマックスの点灯式では、ホテル上部の看板が「キャピトル東急ホテル」のものへと一瞬で切り替わったのです。
あまりにもドラマチックな光景は、立ち会ったすべての人々の心に深く刻まれる、感動的な式典となりました。
一晩にしてホテルの「顔」が変わり、新しい時代が始まった瞬間。
このエピソードは、日本のホテル史に刻まれた、まさに伝説的なテイクオーバーとして、今も光り輝いています。
【補足:現在の「ヒルトン東京」との違い】
1983年に20年間の契約が満了した後、永田町のホテルは東急グループ独自の直営ホテル「キャピトル東急ホテル」として再出発しました。
一方、パートナーであったヒルトン・インターナショナル社は、翌年の1984年に新宿へ進出。
それが現在の「ヒルトン東京」です。
つまり、永田町の「ザ・キャピトルホテル 東急」と新宿の「ヒルトン東京」は、かつてのパートナーがそれぞれ独立して歩んだ姿といえます。
受け継がれてきた「キャピトルホテル東急」の精神
「東京ヒルトンホテル」としての20年。
そして「キャピトル東急ホテル」として歩んだ23年。
この43年という歳月の中で引き継がれたのは、建物という形あるものだけではありません。
「東京ヒルトンホテル」が掲げた理念やサービス、そして、お客さまの記憶に刻まれた体験のすべてでした。
そこには、開業当初から愛され続けてきたシェフたちの技と味、数々の名物料理も含まれています。
そのどれもが「お客さまの喜びのために」という一貫した哲学から生まれ、今もなお大切に守り続けられています。
2つの名称で歩んできたこのホテルは、日本のホテル業界の発展を常に牽引してきました。
国内外のVIPをはじめ、ザ・ビートルズや世界三大テノールといった著名なアーティストたちからも深く愛された、唯一無二の場所。
しかし2006年11月。
建物の老朽化により、数多くのお客さまに惜しまれながらその歴史ある幕を一度降ろすこととなりました。
43年間にわたる輝かしい歴史を支えたものは、このホテルを愛してくださったお客さまであり、DNAとして脈々と受け継いできた「おもてなしの心」でした。
2010年秋、新たな「ザ・キャピトルホテル 東急」として
そして2010年秋。
東急ホテルズ&リゾーツのフラッグシップを担うラグジュアリーホテルとして、「ザ・キャピトルホテル 東急」が新たな歴史を紡ぎ始めました。
世界的な建築家・隈研吾氏が手がけたその建築は、伝統的な「和の精神」と「現代建築の美」を融合させ、訪れる人々を包み込むような心地よい空間を作り出しています。
このホテルの根幹を支えるのは、「不易流行」の理念。
守るべき変わらぬ信念と、時代に応じて進化し続ける柔軟さ。
その両立こそが、キャピトルの在り方そのものです。
「お客さまの気持ちにお応えしたい」
「心和らぐ上質な時間をお過ごしいただきたい」
この変わらぬ思いを胸に、「ザ・キャピトルホテル 東急」はお客さまへ常に新しい感動を提供しているのです。
「ザ・キャピトルホテル東急」のホテルブランド
世界に誇る「パーソナル・サービス」という矜持
前の記事でも触れた通り、「東京ヒルトンホテル」として日本初の外資系ホテルとして誕生したこの場所は、多くの海外アーティストやVIPの方々に愛されてきた歴史があります。
そのDNAを正統に受け継ぐ「ザ・キャピトルホテル 東急」は、世界的に権威のある「フォーブス・トラベルガイド」において、2020年から連続で最高ランクの5つ星を獲得しています。
この栄誉を維持し続ける背景には、決して妥協を許さない真摯な研鑽があります。
そして、これからもますます磨きをかけるべきは、他にはない「究極のパーソナルなサービス」です。
例えば、お客様の苦手な食べ物、お休みになる際のお好みのセッティング、あるいは朝のルーティーンといった細やかな情報。
これらはハウスキーピング、ベル、レストラン、フロントレセプション、コンシェルジュ、ゲストリレーションズといったすべての部署間で、緻密に共有されています。
次回お越しの際には、お客様がご予約の段階で何も伝えなくとも、お好みの快適な環境がすでにホテル内に整っている。
押し付けがましくなく、あくまでも自然に、さりげなく。
お客様一人ひとりに最高の「和らぎの空間」を提供できるホテルこそが、真の「一流」である。
その揺るぎない定義が、「ザ・キャピトルホテル東急」が現代まで大切に守り続けてきた流儀なのです。